共同体感覚は、マズローの7段階欲求と組み合わせると理解しやすい!?

アドラー心理学

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私の思考は縦横無尽なカオスな世界。
このカオスからの気づきが楽しくて、考え事をやめられません。笑。

内省が強みだからか、あっちの話とこっちの話から普遍的な「動き」を読み取るのが得意。
今回は、そんな頭の中のおはなし。

幸せだけど、つまらない

新型コロナウィルスのおかげで、自宅で過ごす時間がめっきり増えても、我が家はとても平安に過ごしています。

娘たちも仲がいいし、勉強も運動も自分たちのペースでやっている。
旦那さんとも喧嘩しないし。
何より珍しく、私が料理を作ることが嫌じゃない。

毎日のモップがけのおかげで部屋はきれいで。
普段から1週間に1度しか買い物に行かないから、自粛したところで変わらない。

仕事の講座はすべてキャンセルになったので、時間はあって。
本を読んで考察して。自分の感情と向き合って、考察して。大好きな内省に浸かってます。

この暮らしが始まった時に、幸せだなぁ~と思っていたんだけれど、最近になって、「つまらない」と感じてきてしまっているの。
語弊があるかもしれないけれど、この感覚は自分の転機になりそうなので、あえて書いてみます。

欠乏欲求で生きる人と成長欲求で生きる人の違い

この2年、ブログがなんてったって書けなかったのです。

伝えたいことはあるのに、言葉に残すことが嫌で、身体全体が拒否していた感じ。

とはいえ、日々は幸せにあふれていて。不自由も不足もなくて。
急き立てられる焦りとはちょっと違う、少しのとまどいを小脇に抱えつつ

「どうしてかなぁ~。この感覚もいつか終わるかなぁ~。自分には分からない意味があるんだろうなぁ~」なんて思いながら、過ごしてきたんです。
細々と勇気づけのお片づけを伝えながら。


ちょうど近頃はアドラー心理学のおさらいに、本や論文や講座の音声を聴いたり。ついでに、他の心理学もサラッと復習~。

そこで、こんなことに気づきました!


アドラー心理学の共同体感覚は、マズローの7段階欲求説に当てはめるとクリアになるのでは?と。

※共同体感覚とは、この世界で自分の役割があって、誰かの役に立っているという感覚。「私はみんなの幸せのために何をすればいいだろう?」と社会ありきで仲間の利益を主体的に考え行動する人。(私解釈)


マズローは、世の中には基本欲求(欠乏欲求)と成長欲求で生きる、2種類の人間しかいないと言いました。

アドラー心理学の目指す「共同体感覚を体現している人」は、誰かのために思い切り自分の役割を生きられる人なので、マズローで言うところの成長欲求で生きている人になるのではなかろうか、と。
いわゆる「自立」している人です。

マズローの7段階説で考えると、上の2段の部分が自立している人。
共同体感覚で生きる人と考えると、なんだかしっくりきます。

(共同体感覚を知っている人は、その手前にたくさんいます。まったく自立していない人は少なくて、依存と自立を行ったり来たりしている人が多そう。私も含めて。)

マズローもアドラーも、生き方を2種類で説明した

アドラー心理学では、欠乏欲求からの動きを劣等感やライフスタイル(生まれてから10歳前後までの信念)で説明しています。

それと同時に、「共同体感覚を持って、協力して生きよう!」という理想も語っている。

この欠乏欲求や依存や不足感の理論と、成長欲求や自立の理論との間が、アドラー心理学では少々離れているようにも見えます。

「人間は、劣等感を補償して生きる」という説明をしてはいるけれど、劣等感をどうやって補償したいかは個人によって違うので、依存から自立に向けた具体的で普遍的な理論は見つからないのかもしれない。
そこには、個人が劣等感を補償するという動きがあるだけなんですね。

だから、共同体感覚を身につけるために何をやったらよいのかーというあたりが具体的には見えてきません。あくまでも「個人」がそれぞれユニークに生きるのよね。

アドラー本人は、このあたりのフォローを文字を書かずにサロンで語り合っていたのかもしれないなぁと勝手に妄想しました。
野田俊作先生は「本を読んでも理解できないから仲間と学ぶんだよ」とおっしゃる。

実践して何度も失敗して、仲間と一緒に気づいて。
体験の中でしか、成長欲求で生きる段階には移れないのかも。

心理学はたいてい頭の理解からスタートしますが、体現できていないと意味ないのです。


言葉というのは本当に厄介で、自分の心も投影されてしまうから、相手のスタンス関係なしに、自分の「かまえ」で受け取りやすいもの。

基本欲求で生きている時には、基本欲求次元の言葉にしか聞こえないし、成長欲求で生きている時には、すべての言葉が成長欲求次元の言葉に受け取れそうに感じるし、人間というのはそんなに説明が簡単じゃなくて。

誰かの発言をとってみても、基本欲求が動機の人は自己アピールに他ならないし、成長欲求が動機の人の言葉は自己主張(意見がある)になるから

ほんと紙一重。


書き言葉だと分かりにくいけれど、自己アピールと自己主張の違いは、対話してみれば一目瞭然で
縦の関係か、横の関係か、対人関係に個人の欲求が紐づけられています。
アドラーも、人間の在り方を2つに分けているのですね!


だから、アドラー心理学では、自分の「かまえ」を振り返る。

まず、自分が心を整える。

整えるというのは、「落ち着く」という意味ではなくて、
「私は成長欲求によって思考します」と自分の思考や行動を、改めて選び直す感覚が、横の関係で付き合うアドラー的思考にフィットします。

ユング心理学の「人生の正午」と合わせると

依存の世界から自立の世界へ、そのあたりを私自身がウロウロしているので体感していることなのですが
基本欲求で生きるステージ(依存の世界)と、成長欲求で生きるステージ(自立の世界)は、考えていることが真逆です。

理論や、これまでの成功法則が全て変わる。

こういう見方や視点がガラっと変わることをパラダイムシフトと言うけれど

パラダイムシフトという面からいくと、ユングの説く「人生の午前」から「人生の午後」へ移る時の、精神の混乱期も似ていると感じます。

ユングは、人生の混乱期を「人生の正午」と名付けました。

人生の午前中に理に適っていたことが、午後になったとたん意味を成さなくなる。ちょうど東から昇った太陽によって西にできていた影が、正午を過ぎると逆に出るように。

この時期は、人生の矛盾に、ひたすら出逢います。
そして、人生の矛盾をひたすら受け入れていきます。

それもあるね。
これもあるね、というように。

そして、だんだんジャッジの基準が手放されていく~。


私は2年ブログを書かないことで、これまでやってきたことを全否定して、いろいろ選び直すちょうど岐路にいたのかもしれないですね。
そのために止まることを選んでいた。

混乱したまま、依存のままに突進しなくてよかったと思っています。
本を出して突っ走っていたら、天狗になっていたかもしれないから‥苦笑。

この数年、ありとあらゆるものを否定してみたんですよ。
自分、親、夫、恩師、アドラー心理学、一般的な概念、宗教、文化、世界、宇宙。(ヤバイ人だな‥)
やっぱり「人生の正午」っぽい。笑

大胆に、我が家流の欲求7段階説を作ってみた

そんなこんなで、共同体感覚についての考えを家族にシェアしていたら、マズローの7段階説は、△の形がいまいち納得できないねぇ~という話になりました。

△の形をしているから、どうしても上の方の段階にいる人が「偉い」ように感じてしまうのね。
そこを、否定してみたい。どの段階の人も、その人なりの成長過程にいるだけで、対等だよって。

この図が、我が家流の欲求7段階説。

△を円錐にして、上から見た感じ。
段階によって、選べる項目が増えていくだけで平面の世界。

今この瞬間に気になっている欲求がどれか、という話なだけで、生理的欲求が無くなるわけではなくて。人それぞれ大切にしたい欲求とどうでもいいと感じる欲求があってよくて。時には自己実現より安全の欲求が強くなることだってあるんじゃないかな?って。

何かの欲求を上位に置くことはしなくていいけれど
精神が成熟するごとに、満たせる欲求の数は増えていく・・。人生に厚みが増してくるのね。

まとめ

日本トランスパーソナル学会会長の諸富先生のご著書『「本当の大人」になるための心理学』(集英社新書)によると、「魂を込めて、何かにとことん執着しぬくこと」と「深く孤独を生きること」こそが内面的な成熟に大切だと書いてありました。

世の中が新型コロナウィルスの自粛生活のおかげで、手放し、手放し!と叫んでいても、今現在の私は片づけや既成概念の枠を取り去ることに、さほど興味がわきません。

手放すことは、さんざんやってきたのかもしれないなぁ~。

それよりも、
最近明らかになってきた自分の信念を握りしめたい!という欲求が強いです。

手放して、手放して、また手放してきた結果
これだは放すもんかっ!がようやく見えてきました。



数年間休んだおかげで、そろそろ自分のハートをよろこばせる方向性が変わって、明確になってきた様子。

ライフステージが変化する時には、違うルールを採用してみたくなりますね。
お片づけと一緒で、ちょっとした「欲」が出る。

その小さなかすれそうな好奇心や欲をキャッチして、素直にしたがって生きていきます。





お読みいただきありがとうございます。

今日もかけがえのないジブンスキーライフを!


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丸山郁美

勇気づけのお片づけ🄬提唱者。自分らしく素直に生きたい方へ、「勇気づけのお片づけ」で、私も家族も心地いい自然体で調和のとれた家庭の作り方を伝えています。

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